パブが立ち並ぶ 細い道を歩く
深夜に開く店はわずかになり
街灯が目立つ時間
通りには店から出てきた人が
酔いを覚ましながら 帰るのを惜しんで
立ち話をしているいつもの風景
絵に描いたような家庭には
恵まれなかった私は
16で家を出て この街に来た
最初の4年は雑用でも何でもやった
そして20歳になり 私はこの場所に落ち着いた
私が働く店はこの通りの先にある
小さなバーだ
静に流れるジャズの音楽に
いつもの常連客
たあいもない世間話と
ウィットが利いたジョーク
棚にはウイスキー、バーボン、ブランデー
並ぶお酒の瓶がとても綺麗で
私はこの店が気に入っている
「今夜は少しお付き合いがすぎて
飲みすぎてしまったわ・・・」
独りふらふらと深夜の街を歩く
ふと店の窓に写る自分の姿が見えた
華やかなスカーレット色の身なりとは反対に
自分にしか見えないものが写りこんだ気がして
私は目を逸らした
急いで歩き出したせいで
ヒールのかかとがグレーチングに嵌って
私は転んでしまった
そしてしばらく動けずにいた
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
目線を上に向けると、スーツを着た男性が
手を差し伸べてくれた
そして彼は 綺麗に折りたたんだハンカチを
手渡してくれた
そのとき初めて自分が怪我をしていることに気がついた
彼は私より年上で 少しお酒の匂いがした
優しそうな彼の顔を 迂闊にも私は見つめてしまった
考えてみれば仕事以外で男性と話すのは
久しぶりだった
彼は私が立ち上がると
「じゃ、私はこれで」
そう言うと 私の前から立ち去った
彼が去ったあと 足元にパスケースが落ちているのに気がついた
そこには会社のIDと一枚の写真
彼と女性と可愛らしい女の子
そうよね・・・
素敵な人だったから・・・
(少し笑って)
これ返さなきゃ
私は小さくため息をつき
でも少しほっとしたような
日曜日の深夜だった
(完)
※ボイコネ投稿2021年10月10日